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2003年11月の記事

2003年11月26日 (水)

リフォーム大作戦


 テレビの人気番組は世相の流れがあるようだ。最近は家のリフォームをのぞむ施主に建築家がどのように対応し住居を完成するかというリポートに人気が集まっている。現在週2本別のテレビ局でそれぞれ放映している。

 平素あまりテレビを見ない私がこうした番組に興味を持つようになったのも、実際のところわが家で似たよううなことを始めたからである。木造家屋の水まわりが年数を経てガタが来たのだ。

 台所、台所に隣接する居間、洗面所、風呂。これらがいつの間にか湿気を含んで床板がボコボコになり、どうにもやりかえねばならなくなった。それに住人の今後のためにバリアフリーでということになり、ちっぽけなリフォーム大作戦になったのだった。

 私たちは国全体が物質的には貧しい時代に育ったからだろう。ものをやすやすと捨てるということが出来ない。今回さし当たって不要になったものを捨てることからはじめ、思い切らねばならなかった。

 あるわあるわ、捨てなければならないものが山のように出て来た。二十年ちかく使用した2漕式洗濯機。冷蔵庫もほぼ同じ時期に買ったもの。電子レンジも旧いものながらまだ使用できる。残念ながらこれらも他のものと廃棄処分にしなければならない。

 シンプルな旧式の家電だったからこそこんなに長持ちしたのだろう。とにかく、システムキッチン・リフォームが台所と居間とだけ一応出来上がった。バストイレはこれからだ。

 決して高級品ではないが、なんとなく幸せな気分になってくる。それでも新しい家電は「10年もてばいいでしょう」と言い、店の人が運んで来た。

 日本人の統計から見れば、人間の持ちは80年としてなかなかよく出来ていると思う。修繕も近代的な病院でなく、ぬくもりのある家の中で、そろそろとやってゆけばいい。台所に一輪の花でも活けておこう。

 今日の画像は、大黒柱ならぬリフォーム柱に掛け花入れをかけ、庭に咲いたホンナミツバキをさしたもの。この花入れは短冊が春慶塗で花入れは渋草焼き。飛騨高山の特産品である。

 主人の大先輩であり恩師でもあるK先生から何かの記念に頂戴したもの。K先生の奥様が好まれたと伺っていた。
 やはり二十年ちかく私が仕舞い込んでいたものを、今回ここにお晴れさせていただいたのである。
 K先生ご夫妻にあらためて感謝!




 

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2003年11月14日 (金)

老いるということ


 米大リーグの2003年最優秀監督賞に、ナ・リーグはマーリンズのマケオン監督(72)が、ア・リーグの監督(46)と共に受賞者として選ばれた。

 マケオン監督はレッズを率いた1999年以来、2度目の受賞というからベテラン中のベテランだが、72歳という年齢がひときわニュースをもりあげた。

 今年のシーズン途中に就任しながら、チームにワールドシリーズ優勝をもたらしたマケオン監督だ。この日の電話会見で、「(球団に)私のような老いぼれを雇う勇気があったなんてねえ」と楽しそうに語ったという。

 私はそんな記事を読売ウェブで読みながら、最近政治面でクローズアップされた比例選挙区定年制を思い、日米時を同じゅうして72歳ねえ…とその違いを感じた。

 衆院選出馬を拒否された中曽根氏の85歳と比べれば、この老指揮官は高齢の基準が違っている。しかし大リーグの能力主義はいかんなく発揮されたとみていい。

 アメリカの能力主義は非情な世界であろう。ただ、日本では浪花節的な体質とよくいわれることだけれど、どうしてその違いが出るのだろうか。捨てる神あれば拾う神ありという自由なよき空気があるのは、どちらの世界だろうか。

 老ということは年齢だけのことではないと思う。自然の中の自分を知ること…それもあるのかもしれない。
 いっぽう、傷ついたものを補修し、その傷も作品の風格にまで高める、そうした侘びの美を見出したのが日本のすぐれた茶匠たちであったことを、思いあわせる。

 先日、桐蔭会11月の例会で今日庵第4世仙叟の竹花入を拝見させていただいた。三筋に割れたあとを漆でつくろい鋲でとめてある。その傷がそのまま景色となっているのである。白玉椿が一輪楚々と入っていた。

 ご宗家には宗旦作の老僧というじつに風格ある二重切竹花入があり、時々茶会にお出しになる。美術品というより人生そのものといっていい程の感動を私は覚える。

 老僧という銘がまことにふさわしい。

 今日の画像は昨年天龍寺献茶式の日、今日庵席で撮影させて頂いたその「老僧」である。ストロボの光で侘びの感じがでなかったのは残念だったが。




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2003年11月11日 (火)

働きアリ と お大尽 


 「働きアリ」2割が働かず、北大・助手らが研究ーーこんな記事が目に飛び込んできた。

「働き者」とされながら、ほとんど働かない「働きアリ」がいるというのだ。その内容とは、昨年春から5カ月間、国内の森林などにいるカドフシアリ約30匹ずつの三つのコロニー(集団)を室内の人工の巣に移して観察した。

 その結果、「巣の外にエサを採りに行く」「卵や女王アリをなめてきれいにする」「ごみを捨てる」などの仕事をほとんどしないアリが、どのコロニーにも約2割いたという。

 ここまでなら人間さまの世界とあまり変わらない。たまたま昨日は衆議院選挙があって私も投票に出かけたこともあって、妙にこのアリの話が頭から離れなかった。

 国民のために働くアリを選ぶのは、地味な働きアリの群集だ。その選んだアリは至れり尽くせりの高賃金で養うことになるのだが、果たして思うように働いて貰えるかどうか?

 議会での出席簿を点検するわけでもなく、発言はゼロだというアリもある。親子、夫婦、兄弟、一族郎党、揃って働きアリの「のれん」を出す。こんなに美味しい場所はないのかもしれない。

 しかし、自然界の働かないアリは約2割だというのは、立派なものである。しかも研究者は次の考察をしているのも興味深い。

 働きの良いのを取り除くと、次に仕事熱心な層の労働量が若干増えたが、働かない層はやっぱり働かなかった。逆に仕事をしないのを除去すると、よく仕事をしていた数匹の労働量は若干、減った。最も働いている層の仕事は、幼虫の世話が大半だったという。

「働かないアリは一見、役に立たないようだが、コロニーにとっては意味があり、役立っている。働かないのは、年を取って働けないのかもしれない。」

 こうした観察はなかなか面白いと思った。
 それにひきかえ、人間の議員はいうならばお大尽の職分である。選挙民の殆どは営々と働き、中には失業の憂き目にも会い、それでも納税はきちんと払うといった多数のアリたちなのだ。

 何よりも、原点であるものを忘れないでいただきたい。取るに足らない、そしてあまり働かない1匹のアリでしかない私は、小泉さんに期待しつつ、このように思った。

 今日の画像は、茶庭の露地にある関守石。この石があればこちらは通れませんという指標になるのである。
 


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2003年11月 6日 (木)

柚子の色づくころ 


 京都は西、水尾の里の柚子は有名である。柚子湯にと、以前お知り合いからたっぷりとした包みをいただいたことがあった。年輪ある柚子の木の実は大きくて重みもありその香り共じつに風格があった。

 ゆう、京都ではゆずというより、ゆうと呼ぶことが多い。拙宅のせせこましい庭にも柚子の木は一本植わっているが、天神さんの縁日に出る植木市で苗木を買って植えたものであった。数えればもう30数年もの前になろうか。

 ゆうは蜜柑と同じ、その葉は蝶々の大好物である。蝶は必ずやって来て卵を産み付ける。ひょろっとした小さな木ながら春から夏にかけて青虫たちがくっつき、私は割り箸でつまんでは来る日も来る日も青虫退治をやったものだ。しかし、まずいことになってしまった。

 「おばちゃん、あかん!ぼく青虫を育てて蝶になるの宿題でやってるんだよ。ゼッタイ、コロシたらアカンのや!」
 近所の小学生がある日、やってきて私のこの現場を押さえてしまったのだ。

 木と青虫の折り合いをつけどうごまかしたか覚えていないが、あの日以来、虫退治をすることからは一応撤退したのだった。そのお蔭か、黒アゲハチョウがわが家の庭にはヒラヒラ舞うようになったのが可笑しい。

 桃栗三年、柿八年――梅は酸い酸い十三年、柚子は九年花盛り~
そんなことわざがあるが、九年どころか20年過ぎてもゆうの実はならなかった。青虫が葉っぱを食い荒らすからだ。
 ところが諦めていた頃柚子の白い花が咲きその花は見事実をつけた。それ以来毎年わが庭の嬉しい行事になっている。

 利休は「柚子の色づくを見て炉を開く」と言ったと伝えられる。旧暦十月の亥の日に開炉の日は定められているが、ことしはゆうの色が丁度色づいてふさわしい日になった。

 先年、口切の茶事をいそいそと自分の茶室で行っていたことなどが思い出される。ご宗家では宗旦忌に壷飾り花月をして宗旦さまへお供えする。門人として身がひきしまるひとときである。

 今日の画像は虫に食べられて葉がなくなったわが家の柚子の木、あちら立てればこちら立たず…(笑)。それでもゆうは色づいてくれた。



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