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2004年2月 2日 (月)

赤坂政次さん


 赤坂政次さんといえばいわずと知れた光悦会の重鎮。茶道具の目利きであるのは申すまでもなく、関西における道具商としてはおそらく随一の方ではなかろうか。85歳とは見えない若々しさをお持ちだ。

 光悦会とは、本阿弥光悦をしのぶ茶会で、春の東京の大師会に対し、秋に京都で開催される大茶会をいうのであるが、その会を作ったのが、土橋嘉兵衛、山中定次郎らの世話役。その筆頭の土橋のもとで研鑽を積み大番頭となったのがこの赤坂さんなのだ。

 もとは遠州流に属しておられたが、戦後復員されてから表千家の茶に親しまれた。流儀は違っても、もともと三千家は親戚であるから当然裏千家にも顔を出される。

 私は京都美術倶楽部の会員制月例茶会でずいぶん前からお馴染みになっていた。赤坂さんはいわゆる道具商といったタイプではなく、ひょうひょうとした人間味があって、茶がある方だなぁと尊敬の念を抱いたのが最初だった。こちらは道具にはずぶの素人だが恥ずかしげもなく会話する。

「お言葉ですが、この掛け物の語句はちょっと違った意味あいではないでしょうか。」
 そんな失礼な問いかけにも
「じつは、私は文学博士でしてな。」
などと、いつの間にか笑声のなかに席中が沸くのだった。
  
 ある時、担当された茶会の券をお送り頂いたが、その筆跡の品格あることに私は感嘆した。自分が恥ずかしくなった。そうした赤坂さんにいつか茶会のご相談をすることができたらなぁ~と内心思っていた。

 もちろん道具も譲って頂いたものがあり、それらは悔いのない買い物であった。中宮寺山吹茶会のことで私がご相談した時、私がとりあわせた道具組の会記と共に主要な道具もをご覧になりながらこう言われた。

「茶は、無理のない道具組がいいと思いますよ。あなたらしい取り合わせが何よりいいでしょうな。」

 主茶碗についてはたいへんなお褒めに預かった。母の形見であり何より愛蔵の道具であれば私の喜びもひとしおであった。

 そのわびすけの茶会は、夏目漱石と猫が出て来るし、ひろく世界とつながっている。そしてそれは坐忘斉家元の和の心を伝える一会として、表現できれば幸いこれに過ぎるものはない。

 今日の画像は、京都美術倶楽部・松庵茶会における席主、赤坂玄古庵その人である。
 昨年春、4月9日のことであった。




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