漱石のご遺徳 心の交りを頂いて
松岡陽子マックレインさんが、ことしもオレゴンより里帰りなさいました。
ごいっしょに私も、会員制の宿舎に宿泊して、行動のお伴をさせて頂きました。ますますお元気になられる不思議なお方でございます。さて、上の写真がどこかお分かりではございませんか?はい。赤門をくぐったところ、向こうに見えるのは時計台。安田講堂、、、、。
こちらは、また違う場所でございます。新宿の漱石公園にまいりました。数人のエライお役人さんに導かれ、漱石山房リニューアルの現地を、マックレインさんにご覧いただく一日でした。漱石山房のあった屋敷で、陽子さんは大正13年に生まれた赤ん坊なのですから。
クリーム色のスーツを召した若いきれいな女性が、新宿区の中山弘子区長さんでいらっしゃいます。
それから下の写真は根津神社のツツジを見物がてら散歩しているところです。漱石研究家の内田道雄氏と、陽子さんと、少年少女のごとく、、、。
私はここで、北鎌倉へ参りました。鎌倉・漱石の会へ出席のために。円覚寺内帰源院でのスナップです。
講師は、午前の部 立原 幹氏。 午後の部 芳賀 徹氏。上の写真は講演前の芳賀先生です。
上の写真は講演中。演題 「夏目漱石の美しい小島ー永日小品ー数編の読解の試み」
25編からなる短編集「永日小品」を、「漱石の美しい小島」とも、「漱石の実験工房」とも呼ぶのは、漱石が二十世紀小説の可能性を多方面に試みて、各篇に極上の面白さをつくりあげているからだと、芳賀氏は説かれます。みずから朗読される音律の妙、、、。一同聞きほれてしまいました。
その内容が日本の「きれいさび」を連想するものであり、私にはことに心に沁みる講演でございました。
中公新書1656 『詩歌の森へ』日本詩へのいざない
著者のご本に署名してくださったのは、2003年春。内扉に、俳句をお書きくださっています。その日は鎌倉漱石の会があり、講師をおつとめになっておりました。
2003年4月29日
万緑の中に漱石居士笑まふ 芳賀 徹
今回あらたに、右のページにご署名を頂きました。
2007年4月29日
緋牡丹の崩れんとして再会す 芳賀 徹
◇
詩歌をわがものにした日本の男性の、すばらしさを思わずにはいられませんでした。
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コメント
アリス様
ご実家の庭に牡丹をはじめさまざまな花が咲いていることでしょう。
淡々と時を過ごせればいいのですが、私はぼ~としているほうです。でも、「得意淡然 失意泰然」という古人の教えはいつも忘れないように心に刻んでおります。
鎌倉漱石の会は由緒ある漱石顕彰の会です。京都漱石の会は西川一草亭宅で始まりましたが活動はないままに自然消滅のかたちになったように聞いております。新たに設立の際は応援していただければ幸甚です。
投稿: tsubaki wabisuke | 2007年5月 3日 (木) 21時03分
椿 わびすけさま
漱石ゆかりの方々とご交友記録、美しい花々、お集まりになられた皆様のおやさしい心が感じられるお写真を拝見してこころが和みました。
いつもながら、すばらしい瞬間(とき)を淡々と過ごされていらっしゃるご様子のわびすけさまに憧れております。
アリス
投稿: アリス | 2007年5月 2日 (水) 13時19分