お励ましのメールに一層の精進を自分に誓う
なんの因果か、夏目漱石に魅せられたのが運のつき。とまあ、こんな悪態を書くなんざぁ~困ったものでございます。漱石先生、ごめんやっしゃ~。
ことしから漱石について書いたエッセイが、6本ですか。まだまだものの数には入りません。日本インターネット新聞は元朝日新聞社編集委員の方が創立したマスメデアで、私は連載コラムニストの末席を汚しております。簡単な紹介が出ておりますのでこちらもご覧になっていただければ嬉しいです。
きっすいの京都人、津田青楓・西川一草亭兄弟と漱石
漱石は、京都に深いつながりを持っていた。今回は、門下となった京都出身の画家、津田青楓とその兄、西川一草亭との交流にスポットを当てた。(椿伊津子)2007/08/18
漱石の参禅体験 取り入れられた作品の数々
漱石と禅との関わりは鈴木大拙が「羅漢のような居士」として登場する小説『門』や釈宗演から「無字」の公案を与えられた事などが書かれたインタービュー記事など少なくない。(椿伊津子)2007/08/08
京都の取材から書かれた漱石の『虞美人草』と『門』
漱石は旅行をした後、必ずその見聞を作品に取り入れています。明治40(1907)年3月下旬から4月上旬、京都を旅行。漱石はその間、新聞に掲載するための記事を書いています。まさにニュースにふさわしい早業の執筆といえましょう。(椿伊津子)2007/07/30
漱石が京都で買い求めた高価な半襟
夏目漱石先生は、明治42(1909)年10月、2日間だけ大阪から京都に立ち寄った際、わざわざ四条の襟善に一人で買い物に行っているのです。 それも案内なしで当初から予定していたフシがあります。(椿伊津子)2007/07/26
夏目漱石の縁(えにし)祇園と多佳女
多佳女と漱石についてはかなり多くの論評がなされています。「漱石は花街に無理解な人間だ」「漱石という人間は京都にしっくり来ない」「お茶屋・廓と漱石とはイメージが合わない」さあ、真実はどうなのでしょうか。(椿伊津子)2007/07/13
京都の風流を愛した漱石 祇園の多佳女の看病に癒された日々
京都は漱石にとって縁うすい都のようですが土地との繋がりというより漱石を看病した祇園のお多佳さんの様に人との深い縁があり「風流」を愛した日々のある都ではなかったのでしょうか。(椿伊津子)2007/06/19
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漱石研究に関連して、その後もお励ましのメールが届いております。一層の精進をと自分に誓うのみ…。心からのお励ましに感謝申し上げます。みなさまのご好意に甘え、一部をご披露させていただきましょう。
お返事遅れまして、申し分けございません。避暑地のようなところに住んでいるため、夏は何となくお客様が多いのです。
「きっすいの京都人。津田青楓・西川一草亭兄弟と漱石」は大変面白く、またまたいろいろ新しい事を習わせて頂きました。津田青楓、一草亭との、尊敬し合いながらの親しい交わりも、漱石らしいと思います。伊津子様ならではの、漱石の一面の貴重な記録です。このエッセイを読んで、漱石が京都で俗塵をふるい落としたと言っているのがよく分るような気がします。私自身も京都とは本当にそういうところだと、訪ねる度に思います。そしてそんな昔の面影をいつまでも留めてほしいと思っています。
私事ですが、今住んでいる家がもう二年もすると、五十年、あちこち傷んできているので、今大工が入って直しています。そんなことも少々落ち着かない理由ですので、ご無沙汰お許し下さい。そのうち台所修理に移ると、お料理を階下の洗濯場の流しを使い、オーヴンもなく、ホットプレートでお料理をすることになり、今からその不便さを少々恐れています。
ではまた。
陽子
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いつもよく文献をリサーチされて書かれるので、今度のものからも習うことが多く、大変面白く読ませて頂きました。最後の「文学でも人をして感服させるようなものを書こうとするには、まず色気を去らなければならぬ。」というところは、彼の「則天去私」を思わせます。つまり「人を感服させるものを書こうと思って書くとそんなものはできない、ただ無心に書く、つまり彼のいう色気を去ればよいものが書けるということでしょうか。そこに漱石と禅のつながりがあるように私には思えます。
陽子
2007/8/20 08:28 伊豆利彦様
椿さま
いま、漱石を読む会で『虞美人草』を取り上げていて、京都と漱石についてあらためて考えています。
「漱石の参禅体験」読ませていただきました。
長年の蓄積の上に書かれた論に教えられることがたくさんありました。
ありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。
伊豆利彦
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2007/08/21 なまず様(ジャーナリスト)
わびすけ さま
お暑うございます。夏椿のひそやかさに涼を感じております。
「古都つれづれ」拝見しました。京都、漱石、茶道 の組み合わせ、 わびすけさん ならではの「論証」とおみうけしました。興味深く おもしろく読ませていただきました。
くすっと笑えそうになったのは 西川家の茶室訪問日記。
「布団の上にあぐらをかき壁による」「茶事をならわず勝手に食ふ」 そして底冷えの寒さに震えるー。等身大の漱石を感じました。
やはり漱石の話になるとわびすけさんの筆の運びがいっそう なめらかになってきましたね。でも このあたりで閑話休題のつもりで漱石を離れた「京のつれづれ」をはさんでいただくのはいかがでしょうか。
読者の立場では 一息いれたいところです。
続く漱石がらみのリポートにもインパクトを与えることになるのではないでしょうか。
鯰
◇
このほか、私のお待ちする人はまだいらっしゃいますが、
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コメント
さとう惇子様
ようこそ!北海道から本当によくお出ましくださいました。これまでJanJanの拙記事にどんなにお励ましのコメントをいただいたことでしょう。いつもあなたの小説はどうなったかと気になっておりました。順調にご執筆のこと、蔭ながら喜んでますの。
リンク不良のこと、お知らせくださって吃驚です。すみませんでした。皆さまにもお詫び申し上げます。
投稿: tsubaki wabisuke | 2007年8月21日 (火) 00時24分
「きっすいの京都人~~~」「漱石の参禅体験~~~」など、クリックしたのですが、リンクが繋がっていませんでした。
今日書き上がったばかりのようです。明日になったらリンクが繋がっているのでしょうか。
明日、楽しみに覗いてみます。
投稿: さとう惇子 | 2007年8月20日 (月) 23時58分