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2008年4月の記事

2008年4月30日 (水)

漱石生誕100年記念になる年月日

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木屋町御池東に建つ漱石句碑の前で、京都漱石の會主催になる漱石供養の式典が去る4月12日午前10時過ぎより行われました。漱石が朝日新聞社に入社して第一作の小説となった『虞美人草』に登場する天龍寺。その天龍寺派大本山の新管長となられた佐々木容道老師が道師として漱石追善の法要を執り行われたのは、この上なくありがたいことでありました。その香語と回向文は大切に保存しております。

上の写真は、句碑の裏面にあたるところです。2月9日とはどういうわけかと申しますと漱石の誕生日が新暦の2月9日だからです。旧暦では1月5日になるのですが。

夏目漱石は1867年2月9日に出生しました。したがって漱石生誕から100年目の記念となれば、1967年2月9日であることは明白です。建立するに当たって、記念日に間に合うように前年の11月9日にしたのも、漱石忌である12月9日の前に立てておきたいという当事者のお考えがあったようです。建立時にはわずか3人のみ立ち会われたと記録されています。

当時のもようは、京都新聞が記事にされていました。昭和41年11月9日京都新聞夕刊だったと思いますが、そのコピーを京都漱石の會第一回例会に参加された皆様へ会報に添えて配布いたしました。

そこで、昭和42年2月9日の生誕百年記念日に除幕式をされるべきところ、寒中であることを勘案され春4月9日に晴れて除幕式を挙行されました。

漱石句碑の裏面には、次の文言がしるされています。

「漱石生誕百年記念 昭和四十二年二月九日 漱石会」

漱石会の最後の会の一字は土の中に隠れて見えませんが、この字は当時の『漱石会」が書家の森田子龍氏に依頼して揮毫されたものです。

私が京都漱石の會をたちあげたのは昭和四十二年(1967)除幕式から数えて40年目の昨年10月のことでした。したがってことしは41年目になる次第です。

本来なら生誕百年記念として昭和42年(1967)2月9日に建立となるところ、便宜上前年の11月に前もって準備したと考えるのが適当かもしれません。いずれの記載も真実であることに変わりはありません。

漱石追善供養のもようは京都市の観光課のお役の方々に詳細な写真を撮影していただき感謝に堪えません。いずれその中の何点かアップさせていただこうと思います。

漱石が望んだ「閑適」のこころ。。。病苦に苦しみながら健全な精神をもって偉大な業績を遺した漱石に、私どもも学び、「閑適」のこころを身につけてゆきたいものと思います

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すみれほどな 小さき人に 生まれたし 漱石

http://mytown.asahi.com/kyoto/news.php?k_id=27000140804150002

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漱石に関心ある方々に こうした有名人もいらっしゃいます。

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懇親会参加者は、すべて年齢不詳、性別明確、頭脳春日のごとく、意味不明、、失礼。

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春の川、、、 漱石が詠んだ鴨川は道路が高くてみえませんが、かなたに東山連峰がみえました。めでたし、、、ああ、私のあたまもめでたしの状態でございます。

参考
京都の風流を愛した漱石 祇園の多佳女の看病に癒された日々 2007/06/19

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2008年4月29日 (火)

NHKで漱石 「知るを楽しむアンコール」

夏目漱石の番組は数ありますが、今回は隣国コリアの出身で漱石が大好きだという研究家のお話です。お時間のある方はどうぞご覧になってくださいませ。

知るを楽しむアンコール 私のこだわり人物伝
夏目漱石 悩む力

語り手・姜 尚中


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4月28日(月)午後10:25~10:50(教育テレビ)
〈再〉5月5日(月)午前5:05~5:30(教育テレビ)
第1回 現代を見抜いていた人

4月29日(火)午後10:25~10:50(教育テレビ)
〈再〉5月6日(火)午前5:05~5:30(教育テレビ)
第2回 東京の女(ひと)―『三四郎』より

4月30日(水)午後10:25~10:50(教育テレビ)
〈再〉5月7日(水)午前5:05~5:30(教育テレビ)
第3回 愛でもなく、金でもなく―『それから』より

5月1日(木)午後10:25~10:50(教育テレビ)
〈再〉5月8日(木)午前5:05~5:30(教育テレビ)
第4回 あなたは真面目ですか?―『心』より

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2008年4月15日 (火)

漱石句碑の駒札が建ちました

四月十二日、京都市中京区木屋町御池東入る、、、今なら御池大橋西詰め南側というほうが分かりやすいでしょう。えっ、なんのこと?ですかぁ~~。まあ、これをごろうじろ。

漱石の句碑前で追善供養      
中京で文化人ら50人
  

(京都新聞夕刊 4月12日)

翌13日朝刊には、読売、朝日、毎日、産経の四紙が、ちがった角度から書かれた記事を掲載していました。

読売

http://osaka.yomiuri.co.jp/kyoto/news/20080413kn04.htm

写真をクリックすると拡大します。読者からこの写真は評価が高いようです。遠く山のすがたも風情がありますね。

毎日

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080413-00000266-mailo-l26

朝日と産経の記事はウェブにアップされておりません。新聞紙上地域版のみとなります。

★追加

産経新聞 朝刊
平成20年(2008年)4月13日 日曜日

画像は表示されません。

漱石の句碑の横に立てられた駒札の前で供養に臨
む   伊津子代表(右) =京都市中京区
:.……..… ……………………………▼,・………・・………
漱石句碑前に新駒札
フアンの会発足、除幕、
夏目漱石の愛好者らでつくる「京都漱石の會」の第一回例会が12日、京都市中京区の御池大橋西詰にある漱石の句碑前で開催され、漱石と京都の深いかかわりについて記した新しい駒札が除幕された。
同会は、昭和42年4月に漱石の句碑を建立した漱石ファンの会が活動を終えたため、新たな活動の場を設けようと茶道家が中心となって発足させた。
例会には丹治さんのほか、門川大作・京都市長ら約50人が出席、供養の法要も営まれた。
駒札には、漱石が「虞美人草」執筆などのため生前4度にわたって京都を訪れたことや、漱石の旬にまつわるエピソードなどが記されている。
丹治代表は「句碑が建てられた後、忘れられたように横たわっていたのを何とか知ってほしいという一念が会の発足につながった。
漱石先生、私たちはいつもあなたとともにありたい」とあいさつした。

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スライドショー こま札が建つまで 京都漱石の會

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2008年4月 6日 (日)

利休忌2008年稽古場席&豊国廟のさくら

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ながらくサイト更新をしていませんでしたが、思い立って画像をまとめてみました。三月二十八日から急に四月二日に飛んでいるのが、不自然に思われるかもしれません。その間、雑事にとりまぎれといえば聞こえがいいのですが、実はさっぱり身体が動いてくれませんでした。けれども漸く、漱石先生の行事にも目途がつきました。京都漱石の會の基礎がかたまり、会報の発刊も着実に進んでいるようです。と他人事のように云ってみる(笑)。

画像のデーター量が重くなり、ダウンロードに時間がかかると思います。待ちきれずに短気をお出しになって他所に行ってしまう方もおありでしょうか?どうぞいっときの辛抱ですよって、かんにんしてくださいませ。

スライドショー 利休忌2008年稽古場席 & 豊国廟を訪ねる

茶会記はなくても道具に関しては、凡その見当はおつきになるのではないかと。これはなんだろう?という自問自答も時にはいいのではないでしょうか。どうぞよろしく。

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