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2008年5月14日 (水)

鴨川をどりで「お菓子の博覧会」 漱石は羊羹

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お菓子の博覧会 初開催から約100年。記念すべき第25回目の菓子博は、ことし2008年兵庫県姫路市で行われています。京都ではいつごろ開催されたか、歴史をたどってみましょうか。第13回目が京都!昭和24年(1954)4月ということです。

今から数えればずいぶん昔、54年前になります。戦後は、終戦の後から9年目の時代だったということですね。苦しい生活の中でもともかくお菓子が食べられる平和な世の中になったこと、人々がこのお菓子博覧会をどんな思いで迎えたか、想像できるのです。

http://www.zenkaren.net/expo/expo13.html

熊 本
平成14年11月
2002
第23回
盛 岡
平成10年4月
1998
第22回
金 沢
平成 6 年4月
1994
第21回
松 江
平成元年4月
1989
第20回
東 京
昭和59年2月
1984
第19回
静 岡
昭和52年2月
1977
第18回
鹿児島
昭和48年2月
1973
第17回
札 幌
昭和43年6月
1968
第16回
秋 田
昭和40年4月
1965
第15回
名古屋
昭和36年4月
1961
第14回
長 崎
昭和32年3月
1957
第13回
京 都
昭和29年4月
1954
第12回
横 浜
昭和27年5月
1952
第11回
大 分
昭和14年4月
1939
第10回
仙 台
昭和10年5月
1935
第 9 回
新 潟
昭和 8 年5月
1933
第 8 回
松 山
昭和 6 年4月
1931
第 7 回
岐 阜
昭和 3 年9月
1928
第 6 回
京 城
大正15年4月
1926
第 5 回
福 岡
大正12年3月
1923
第 4 回
広 島
大正10年4月
1921
第 3 回
大 阪
大正 8 年3月
1919
第 2 回
金 沢
明治45年4月
1912
第 1 回
東 京
明治44年4月
1911
 

たしかにお菓子が自由に手に入る豊かな時代になりました。ただ、お金あればの話。買えなくても買えない場合が実際にあり、その悲哀は現代の闇の中に隠されているように思えます。誰でもが健康にいい美味しいお菓子を楽しめる世の中になってほしいものです。

上の写真は4月の祇園甲部「都をどり」の芸舞妓の茶席に出たお菓子です。串にさした花見団子がトレンドマークでお皿もお持ち帰りできるのが喜ばれているようです。ここで「都をどり」の茶席と、5月の先斗町(ぽんとちょう)の「鴨川をどり」の茶席と、芸舞妓のそれぞれの写真をアップしてみましょう。

祇園甲部歌舞練場の「都をどり」4月

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次は先斗町歌舞練場・鴨川をどりの茶席

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鴨川をどりには、なんと漱石センセがお出にならはったんですえ~~

第171回 鴨川をどり 平成20年5月1日~24日

目次 第二 菓子 可笑(おか)し 五景の内の第四景 羊羹

そもそも羊羹と申すはーーーーーーとはじまって、

「天上界に遊ぶ心地の美味実妙

かの文豪の漱石先生のたまわく

あの肌合いが滑らかに 緻密にして

しかも半透明に光線を受ける具合はどうみても一個の美術品だ」

(あれ~~『草枕』で見たような~~(笑) その上、トドメの文句がいやぁ~~すさまじい。 

「されば 気の利く一碗は 京の巽 宇治の里 

深い緑の 茶の香り ても 結構な お福加減」

漱石先生は江戸っ子でっせ。それにこのお気に入りの羊羹は、東京の「藤むら」の羊羹なのでっせ。でも、お茶は京のお味で、結構なおふく加減とくるのですからそこんとこを考えますとべつに著作権侵害にはならへん…のやと。ちょっと苦しい言い訳になりました~~。

友人にタダ券をもらいまして観劇したのですが、この地方さんの艶な声とイキなことばに、とうとうカタログを買いました。皆さまにおすそわけです。

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コメント

小杉梨絵さん

よくいらっしゃいました。お約束を守ってくださいましたね。当日は御世話になりました。3人で撮った写真はよく映っています。メールをどうぞ。私は両手に花といった風情で引き立て役です。テープもちゃんと録音されてました。英語から説かれた日米社会の問題点が面白くとても為になりましたね。

梨絵さんはいつか漱石を子ども達に話してあげる教育のお仕事につかれるような予感がいたしますよ。

投稿: 椿 わびすけ | 2008年6月 4日 (水) 23時56分

椿わびすけ様

5月末の早稲田大学でのマクレイン先生の講演にてご一緒させていただきました、小杉梨絵です。一緒に写真もとっていただいたのですが覚えていらっしゃいますでしょうか?椿わびすけ様の紫色のお着物がとても素敵でいらっしゃったのがとても印象的でした。
こちらのブログで間違いないか少々不安ですが、コメントさせていただきます。

最近気温差の激しい日々が続いておりますが、いかがお過ごしですか?京都に戻られているのでしょうか?東京は今日雨で寒く、冬と春の中間のような気候でした。
夏目漱石を真面目に読みこんだこともない学生が、わびすけ様とお話できるなんて、とても貴重な経験をさせていただきました。

またお話できる機会があれば嬉しいです。それでは。

投稿: 小杉梨絵 | 2008年6月 3日 (火) 21時23分

ぞうべ様
5月も今夜でもうお別れですね。お菓子はいいですね。疲れるほどの展示会は別にして、最近鎌倉のある中学校で茶道の授業が生徒に人気で申し込みが一杯なため抽選になっているとお聞きしました。
その人気のヒミツは、なんとお思いになりますかしら?はい。お菓子なんです。勉強の時間中にお菓子が食べられるからって正直に話していました。
思わず笑ってしまいましたけれども、厳しいばかりの勉強よりこんなひと時が欲しくなるのでしょうね。
私は亡母の手作りのお菓子がなつかしいです。

投稿: 椿 わびすけ | 2008年5月31日 (土) 22時47分

椿わびすけ様
その後お変わり御座いませんでしょうか。くれぐれもご無理なさいませんようにお願いいたします。冒頭の姫路菓子博、行ってまいりました。11日まででしたので連休の最中に行ったのですが各パビリオンは延々長蛇の列で、人気のあるところは2時間30分待ちもありました。せっかく行ったのですからと、お菓子で出来た「日本丸」、トリフュチョコで出来た巨大な地球儀と、テーマ館のこれもお菓子で作られた「姫路城」の三つはとりあえず見ましたが、正直疲れました。若冲展も並びましたが、かっての大阪万国博を思い出しました。会場内の美術館のところで裏千家の姫路の支部の方々がお茶席を開いておられましたので、券を買い求め「桜橘庵」に続いて、美味しいお茶をいただきました。時間があればお城の西側のところにある「好古園」にも寄りたかったのですが時間が無くあきらめて帰りました。ここには先代のお家元が監修されたお茶室があると聞いていたのですが、またの機会にします。
とても1日で見られるような会場ではなく、もう少し会期を延ばして欲しいとおもいました。以上ご報告まで。

投稿: ぞうべ | 2008年5月16日 (金) 01時36分

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