吉備路への旅 倉敷・大原美術館と心ゆかしい方々の思い出
スライドショーををアップしました。http://homepage1.nifty.com/xkyou/2009kurashiki.html
吉備路への旅を思い立ち、倉敷・大原美術館をたずね、この町でゆかしく親切な方々に出会いました。恥ずかしながらその思い出を。
午前9時すぎ、あこがれの倉敷・大原美術館へ。
じつは、http://www.kibiji.or.jp/吉備路文学館で、「特別展 夏目漱石の2人の愛弟子 湯浅廉孫と内田百閒」のオープニングが午後1時からありますので、その前に参じたのでした。関東地方からお友達のYさんがごいっしょにいらしていろいろお世話になりました。
大原家のあるじの方々は日本人の誇りというべき立派な人格の持ち主でいらっしゃいます。私はお会いしたこともなく、ただ、ひそかに尊敬するフアンに過ぎませんけれど。
もうはるか昔、文芸春秋で大原氏夫人のお写真を一目見て、魅了されたことを思い出します。藍色の紬の和服をお召しになった夫人は、原節子をほうふつとするような美しい女性でした。
昔は孤児院から、良質な病院、世界一流の美術館を備えた大紡績会社。企業が社会貢献をこれほど見事に堅実な経営で成功されているのは稀なことでありましょう。中国銀行も大原さんが創始されたものであり、吉備路文学館の母体としてこの銀行が存在することも知りました。
「あの~、シャッターを押していただけません?」とお願いしたのがきっかけで、松田さんという親切な青年がぐいぐいと街並みを案内していかれました。でも、おみ足が速く、ついて行くのがしんどかったです~。
ほんとうに溜息が出るような趣のある町のたたずまいですね。
おかげで、二人もなんとか通行人のサマになったようで、松田さん写す我がカメラの記録をここにアップすることにしました。倉敷の余慶をいただきましたことを、感謝しつつ。
美術館のまえにロダン作聖ヨハネの彫像があり、今ひとつはカレーの市民でしたか。皆さんのほうがよ~くご存じでしょう?
美術館を出ると、大原家があり、倉敷川が流れ、石橋がかかっています。町を行くと白壁と日本家屋と小路があり、「ここはヒラメの寝床ってボクは名づけているんですよ」の名解説を聞きました。
京都では「ウナギの寝床」っていいますけどね。。。はい、ウナギもヒラメも大好物でございます。呉服屋さんの小路の奥には、蔵屋敷の喫茶店がありました。入口の前で、「そこに腰かけて」、といわれパチリ。喫茶店のママさんは呉服屋さんのよう、やはりご親切な方でタクシーを呼んで下さいました。
あ、その前にもう一か所、喫茶店エルグレコ。大原美術館の至宝・「受胎告知」のモノクロ写真が壁面に掲げられ、いつしかその雰囲気に酔ってしまった私でした。
エルグレコという画家の名のこの喫茶店も大原家の方が経営なさっているとか。お店の前に七夕の笹がおかれ、短冊に願いを書くようにとすすめられました。私たちも夫々したためて笹につるしたのです。
◇
午後は漱石展で、味わい深い講演があり、100人の出席者が熱心に聴講されていました。
夏目漱石及び内田百閒の研究家として高名な内田道雄先生(東京学芸大学名誉教授)のお話は、いずれ京都漱石の會の会報『虞美人草』に掲載の予定になっております。
展覧会の要旨は吉備路文学館のHPにチラシが出ておりますのでどうぞご覧くださいませ。10月4日迄。
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